プロフィール

hiromi1960

Author:hiromi1960
広島県東広島市在住
政治家を目指す独身女性
無所属 無党派です


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


FC2カウンター


ブロとも申請フォーム


飛騨牛にうなぎ、そして、鶏肉。
食品偽装のニュースが、絶えることがない。
原因を考えてみると
色々な見方があるが、
消費者が、輸入食品に対して 疑心暗鬼になっていて
国産を求めていること。
国産であると 高く売れるということ。
などがあり、原材料や輸送費などの高騰で
利益を上げるために 偽装している場合が多いと思われる。

もちろん、嘘は嘘である。
騙しているのだ。
ブラジル産の鶏肉を 国産と偽って 学校給食センターに納入していた会社の社長は、
「ブラジル産の方が、脂が少ないし、良かったはずだ。
どこの業者でもやっていることだ。うちは、たまたまバレたんだ。
得意先も失ったし、商売を辞めるつもりだ。」
と まるで 当たり前のことだとでも言わんばかりの開き直り。
利益が上がらない現実は、確かに気の毒だが、
この鶏肉とうなぎの場合は、
産地偽装であり、明らかに騙して 高く売ろうとしているわけで
確信犯である。
映像メディアに答える場合は、もっと謙虚な姿勢を見せないと
思った以上に 反感をかうのに


「飛騨牛」の場合は、
産地の偽装ではない。
「飛騨牛」というブランドを使えるのは、3等級以上なのだが、
2等級の肉を 「飛騨牛」と言って売っていあというもの。
この基準には、全国の統一基準がない。
それぞれの業界で決めた基準で 名前を付けている。
たとえば、「広島牛」は,
5等級以上のものしか、名乗れない。
しかし、「広島牛」なんて 全国区でもない。
生産者の人と話したのだが、
この等級も 一般の人は、
1等級が、一番上だと思うはずだが、
実は、1等級が一番下で 5等級が最上級だという。
あまりに分かりにくいし、
一般的に知られていない。
自主基準だし。


この「飛騨牛」も 飛騨で育てられた牛であり、
美味しい肉を 安く売っていたのだから
消費者としては、騙されたという気はしないのではないだろうか。
むしろ、美味しい肉が、買えなくなる方が困るのではないか。
「飛騨の牛」と表示すれば、
問題なかったのに

でも
あの社長の物の言い方は、
どうしても 反感を与える。
新聞のような活字と比べて
映像は、実際以上にリアルに 人物を伝えてしまう。
最近、ニュース番組でも 当事者のインタビューを
放送しているが、
インタビューに答える方は、よほど気をつけないと
思わぬやり玉に挙げられ兼ねない。
あの社長も貧乏な中から 努力を重ねて
有名な肉屋になって 会社を大きくしたのに
あの当初の謝罪しない態度などで
すべてが、崩れ去ったようだ。
いつのまにか、ワンマンが、社内での不満になっていたことにも
気づいていなかったのだろう。

日本人は、
かつて 正直で勤勉 と言われていたのだ。
これも 死語か(-_-;)

テーマ : 気になるニュース - ジャンル : ニュース

この土曜、日曜日に テレビを観ていたら
たまたまだったが、過疎地の診療所に勤める二人のお医者さんの
ドキュメンタリーを観ることができた。(それぞれ別の番組です)

一人は、北海道の過疎地の診療所に10年以上勤めて
故郷の淡路島に帰る女医さん。
もう一人は、秋田で 地元の人と生涯を共にしようとしている80歳のお医者さん。
どちらも 小さな町の診療所に勤めている。
診療所には、検査器具のりっぱなものなどない。
あるのは、聴診器と血圧計くらい。
お二人ともに 地域の人々と十分に交流し、
救急でなくても 往診して回る。
それぞれの家庭の事情や 職業なども十分に分かっている。
町民からの信頼も厚い。
家族の言うことよりも 先生の言葉の方を
ちゃんと聞いてくれる。

80歳の老先生は、言う。
「年を取って 無病息災なんてありえない。多病息災でいいんだ」と。
この先生は、30年以上に亘って 高血圧患者の追跡をされた。
その研究によって 血圧を下げることだけをしても
他の要素で 症状が悪化したり、別の症状が出たりする。
薬で抑え込むことだけでは、完治せず、
その人全体をケアしなければという結論に達した。
患者さんの心のケアにも力を注ぐ。
病気を治すのは、薬やりっぱな機械だけではないのだ。
「病気を治すのは、患者さん自身なのです、我々医者は、その手助けをするだけなんです。
病気に勝とうと思う気持ちを持たせるケアが、医者に大切なのです。」
と言われる。

別の地域医療について研究されているお医者さん(名前はわかりません)が、
「医療は、シンフォニーです。ソロではできません。
医者と患者、その家族、地域、行政が、手を取り合って 協力して初めて
命の通った医療になるのです。」
と言われていた。
なるほど!

高齢化の進む日本で 大切なのは、
高度な医療技術ではなく、
心のケアをしながらの密着した医療体制なのかもしれない。

長野県の諏訪中央病院は、一時は、赤字で閉鎖の危機だったが、
介護保険制度が、できる前から 地域のお年寄りの家を
回って 往診と指導をし、
いち早く、デイサービスを独自に開始した。
今では、医者もどんどんと集まる病院となり、
終末期医療と 通常の医療の両方に取り組んでいる。
こういった素晴らしい成功例をもっと見て
学んでもらいたい。

二つのドキュメンタリーも とてもいい番組なのだが、
真夜中の放送だったり、
合間に放送されて もっとゴールデンタイムに
多くの人に観てもらいたい。
特に 医療と行政、そして議員さんに。
「おバカキャラ」(馬鹿に”お”をつけるのもどうかと思うが)などの
くだらない番組など止めて もっと考える番組を
いい時間に放送してもらいたいものだ。

テーマ : 医療と行政 - ジャンル : 政治・経済

先日、当市の副市長と 色々とお話をさせて頂いた。
市の管理職と話すと
まだ、箱ものや道路を建設することが、市の経済の活性化になると
思っている人が多い。
ものの優先順位や 費用対効果などというものはなく、
ただ、大きなものを作ることに固執する。
当市で言えば、新庁舎建設。
100憶ものお金をかけて りっぱな大きな庁舎を建設することが、
市の活性化となり、
魅力ある市として 人々が集まり、
税収も増えて 更なる発展が期待できるというのだ。
新しい庁舎が、すべての象徴になると

果たしてそうだろうか。
大きな庁舎が、経済の活性化や人口増にどういう風に影響するのかと
尋ねると 「絶対にそうなんです」などと
根拠を示せない そんな管理職の多いことを
私なりに危惧している。

副市長は、まだお若いのだが、
「もう、箱ものを作って その借金を孫、子の代に背負わせる時代ではありません。
公務員は、税収は自分の金で
返済は、他人事だと思ってきているんです。
でも、もうそんな考え方は、捨てないといけないんです。
もっと、市民にとって何が大切で この予算は、
本当に正しい使われ方なのか、しっかり考えないと
作りっぱなしになります。
職員の意識改革を 私たちが進めないといけませんね。」
とおっしゃられた。
私は、嬉しかったし、少し安心した。

そうです。
行政改革も教育改革も 改革でもっとも大事なことは、
「意識改革」です。

それまで 当たり前と思っていたことを
否定して 新たな考え方や 方法を身につけることは、
容易なことではありません。
しかも 長年それで良しとしてきたベテランが、
そんなに考え方を変えられるかどうかなのです。
管理職の頭が古いままだと
部下や若者が、それに感化されてしまいます。
行政で 建設関係の技術系の人は、特に
箱ものにこだわっています。
自己満足になってはいないか、常に自問自答して頂きたいし、
われわれ市民も しっかりと見ていきましょう。
できてからでは、遅いですから
本当に作るべきなのか、作るとして
その規模、予算等が適切なのか、ほかにすべきことはないのか、
今後の税収の伸びはるのかなど

たまたま私は、1市民でありながら 市の幹部の人や
議員さんと親交があるので 本音で
ズケズケお話させてもらえるが、
普通は、なかなかできませんよね。
身近な議員さんなどを利用して 情報を早めに得るようにしましょう。


われわれ有権者も 選挙に対して
意識改革していきましょう。

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

20年前、4人の少女を誘拐し、殺した宮崎勤が、本日、死刑執行された。
当時は、衝撃的な事件だった。
4歳から 7歳までの少女を 誘拐し、
殺した上に その遺骨を 遺族に送りつけたり、
バラバラの切断して 放置したりした。
その遺体の映像も撮っていた。

「今田勇子」という名前を使って 犯行声明を 報道機関などに送りつけていた。
その宮崎死刑囚の責任能力が、焦点となったが、
責任能力があるとして 死刑が確定していた。
事件からすでに20年も経っていたことに
あらためて 時の速さを感じる。

刑事事件で よく争われるのが、
この「責任能力」だが、
凶悪犯罪を犯した時、正常な神経でいるわけはなく、
だから、心神耗弱だったとかで 責任能力が問われないのは、
どうにも納得がいかない。
計画的な犯罪を犯し、事後処理もできる人間の責任能力が問えないというのは、
再犯の危険を無視することでもある。
まして、自己の精神コントロールができずに、
殺人を犯す者を 社会に放つことは、
とても危険である。
今回の秋葉原の殺傷事件も この宮崎の事件も
どこかで 繋がっているような嫌な感じがする。
社会が、世間が、あっと驚くようなことをして
自分を 認めさせようとしているように思う。
そんなことで 認められたりはしないことを 知って欲しい。

「愛が足りない」のかな
今の日本




テーマ : 気になるニュース - ジャンル : ニュース

あまりに身勝手で あまりに怖い事件です。
この事件の一報を聞いた時、
1本のナイフで そんなに多くの人を殺傷できるのかと
まず、そのことに驚き、
そういう凶器を 普通に売っている現実に驚きました。

犯人の供述を聞くにつけ、
その身勝手さに 怒りを超えて 憎しみさえ感じます。
小、中学校では、成績優秀で 運動もでき、
ある意味、目立った存在だった彼。
それも 親に作られて、親の見栄のためだったような主張。
中学までは、神童と呼ばれ、高校でただの人だと知る人は、
この世の中多い話だ。
それを 親だの社会だののせいにすること自体が弱い。
田舎で 一番でも もっと大きな世界ではただの人だ。
それは、人生初の挫折だろう。
私自身もそうだった。
中学まで 学年でも1番か、2番。
県内有数の進学校に進んだら
550人中200番くらいだった。
ショックだったし、学校も辞めたいと思っていた。
しかし、それは現実だと 受け入れなければ、生きてはいけない。
親が書いた作文や絵で 優秀な評価を得ていただけ と言っているが、
私もそうだったが、
だから、親を恨むのは、おかしい。
親との関わり方、育て方にも 問題はあるだろう。
しかし、だからと言って 何の罪も利害関係もない人を
殺傷していい理由にはならない。

進学校で 自分自身の存在が見えなくなり、
その後も 過去の栄光は取り戻せないことが、
彼の中の孤独感を募らせたのだろう。
でも、何の努力もしていないじゃないか!
成績優秀なことが、人の最高の価値ではないし、
派遣だから不安定と思うなら
何か資格を取る努力をするとか、
仕事以外に 自分を表現する場所w持つとか

最近、こうした理由なく無差別殺人事件を起こす人が多い。
その共通点が、自分の居場所を失っているということ。
でも、居場所は、人に与えてもらうものではなく、
自分で作るものだということを 親も学校も教えていないのだ。

西鉄バスジャック事件を起こした少年が、
ネットに書き込みをしていたのも
「欲しいもの  存在感」と書いていた。
私は、涙が出て止まらなかった。
親は、引きこもりの彼と 休みの日には、サイクリングに出かけたり、
できるだけ関わろうとしていた。
でも、彼が求めているのは、親との関わりではない。
社会の中での存在感なのだ。
他人の中で 自分を表現できない。
下手に 子供の頃の成績が良かったりすると、
変なプライドもあって いい意味でばかになれない。
こんなはずじゃ〜
と思いはじめる。

自分の本質と向き合えない。
自分の感情をコントロールできない。
こんな若者が、とにかく増えている。
尊い命が、奪われていく。
償うことのできない命。

そんなに社会や親がいやだったら
一人で 死になさい!
こういう事件を起こした犯人が、共通して言うことは、
「あっと驚かて 死のうと思った」(今回の犯人は、言っていないが)
大きな事件を起こして注目されることが、自分の存在を主張することだと思ってるのだ。
それなら ダイナマイトでも体に巻いて
一人で 爆死したらどうだろう。
他人を巻き込むという弱さが、
どこかで 誰かに助けてもらいたいとか、
止めてもらいたいとかいう気持ちが見え隠れする。

最近、小学校などの義務教育を受けさせない親が増えているというが、
家庭という単位、親子という関係では、
学べないことが、たくさんあります。
一生、親とだけ生きていけるわけではないのですから
他人の中での自分の居場所のつくり方を知るためにも
学校には、行かせるべきです。
親に出来ることには、限界がありますし、
まず、行かせてみて それからでも判断はできるのに
入学させないというのは、いかがなものかと思います。

余談ですが、
もし、死刑を廃止したら こういう犯人にどんな刑罰がふさわしいんでしょう。
もちろん、死刑にしても足りないですが。
7人分の死刑にしたいくらいです。

おととい秋葉原にちょっと行きましたが、
突然、後ろからとか、横を歩いてる人が、
ナイフで切りつけてきたら
そんなことを考えながら歩けない。
怖い世の中になってきました。

テーマ : 秋葉原無差別殺傷事件 - ジャンル : ニュース

««BACK  | BLOG TOP |  NEXT»»